前回のお話し、〈意識のアップデート情報〉。
早速、ひもといてゆきたいと思います。
タイトルから「え、いきなり”死”!?」とドッキリする方もいらっしゃるかもしれません。
肉体的・エゴ的な〈死〉はわたし達全員がもれなく体験します。
(魂の死=消滅することはないので、「肉体的・エゴ的」と修飾します)
〈死〉という概念に
’大いなる誤解と恐れのヴェール’を被せていた人々にとっても
〈死〉をタブー視し、おっかなびっくり扱うのはもうおしまい!のようです。
あくまでも、ご本人の準備ができていれば、です。
(例えば、癌という病気について。
現在は30年前よりずっとオープンに話せる空気になっています。
このようにすこしずつ準備をしてきました。)
〈死〉をテーマとすると、おのずと〈生〉とは何か?
までお話しがおよぶことになりますが、、
ことばで表現すると長〜くなりますので
すこしずつやってゆこうと思います。
前置きが長くなりがちで失礼しました。
ではでは、今日の〈意識のアップデート情報〉はこちらです。
(肉体的・エゴ的な)
〈死〉を体験する方法やタイミングは
自由意志のもと、
生まれる前に計画してきています。
実をいうと。
この情報よりも前に
〈生死〉はたまた〈魂〉についてお話しするほうが
話の順序としては意味がとおるはずなのですが。
なぜこのコンセプトをできるだけ早く!いますぐに!
お伝えしたかったのかというと、
死際に近くにいられなかったご遺族の多くが
「みとってあげられなかった」と悔やまれる姿が
どうしても、気になっていたからです。
大切な人が死にゆく瞬間、そばに居たかった。
そのお気持ち、ほんとうにほんとうにお察しするのですが
わたしが視ているものをことばにするとすれば…
もしかしたら、そう悔やまれなくてもよいかもしれません。
…ということです。
もちろん、受け入れるかどうかは
自分のハートとご相談くださいね。
悔やんじゃダメ、という意味ではなく、
他界する際の状況も、肉体を離れるご本人が決めてらっしゃるようなのです。
肉体を離れようとするそのご本人は
「大切な人をあまり悲しませないように」との配慮から、
またはもっとシンプルにおひとりで静かに逝かれるのを選んだ、
ということがあるようなのです。
そして、物理的には距離があったかもしれないけれども
言葉を交わすこともできなかったかもしれないけれども
ちゃんと、ちゃんと、
伝わっているようなのです。
ちょうど2ヶ月前にこんな詩を書きました。
よろしければ、どうぞ。
また、世間の注目を集める亡くなり方とタイミングを計画する魂もあります。
多くの人々に深い嘆きや悲しみをもたらしますが、
同時に尊い役割をかってでてくれているようなのです。
その死なくしては注目されにくかった問題に人々の意識を向け、
生き続けるわたし達があり方を選択する、
ほんとうに尊い機会を文字通り命をかけて提供してくれています。
悲惨な事件にも愛で向き合い、平和な世界へのきっかけにするのかどうか?
わたし達ひとりひとりの自由意志で決めるのだと
ハイヤーセルフははっきりと、ヴィジョンをみせてくれています。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
わたしとハイヤーセルフより、みなさまに地球よりも大きな愛を♡
♡ Love and Lights from Lisa&HS ♡